日本的ビートの探求でタグ「飯能まつり」が付けられているもの

大学時代の友人小池君の高校時代の友人で、
音頭バンド「カラカラ」で一緒になったユミさんの大学時代の友人。

とかいうと訳分かんないですけど、
要は共通の知人の知人ということで繋がった歌代圭介さんのお招きで、
埼玉は飯能市の飯能まつりへ行ってきました。

この方の祭好きは筋金入りで、立ち上がったばかりの早稲田チンドン研究会において、

「僕は祭の為に生きてるんだけど、みんなは何の為に生きてるの?」


と、究極的かつ根源的なの質問を投げかけ、
皆を沈黙させてしまったという逸話を残しています。

飯能まつり中央が歌代さん。

今回は中途半端な僕の知識では申し訳ないので、本気で地元飯能の祭りを愛す歌代先生による説明を引用させて頂きます。

※携帯メールでのやり取りを転載させて頂きました。このテキスト数は尋常じゃない。。











[ いつから始まった祭事か ]


飯能の市街地の祭りは、もとをただせば江戸時代に鎮守の神社の祭礼として、
獅子舞(関東に多い三頭の獅子舞)が奉納されるようになったのが始まり。
明治、大正期に各町が山車や屋台を建造し囃子も演じられるようになりました。
今から約40年前、全市をあげての「飯能まつり」という形になり、
飯能市に伝わるさまざまな伝統芸能が演じられるようになりました。

[ 演目について ]



お囃子の演目だったら流派や町によっても違うけど、
大体共通している曲目は「屋台」「仁馬」「四丁目」「鎌倉」「昇殿」「神田丸」等。
踊りは特別なストーリーがあるわけではないですが、
ヒョットコ等の馬鹿面や岡目、天狐、外道、恵美寿や大黒等いろいろあります。

[ お囃子の流派について ]



流派は二つ。神田大橋流と小田原囃子若狭流。
大橋流は江戸時代に隣の入間市から、若狭流は明治初期に川越から伝わりました。
どちらも埼玉・東京に多い、江戸囃子の系統の囃子で、そういう意味では重松流とは同系統だと思います。個人的な感覚だと、大橋流と重松流は似ている点があると思ってます。

[ 底抜け屋台とは ]

現在飯能にあるのは古いものでも昭和になってから造ったものですが、
江戸時代の祭礼絵巻(神田祭りなど)に描かれたものとほとんど同じ形式で残っています。
特徴は床がなく歩きながら演奏すること。
屋根の部分に「朝顔」と呼ばれる市松模様の飾りがついていること等。
底抜け屋台の囃子は、山車の囃子とは違います。
祇園囃子と呼ばれるもので、飯能や入間、東京多摩地区にある囃子です。
飯能だけの特徴としては、昔飯能には花街があり芸者がたくさんいた関係で端唄(っていうのかな? お座敷の唄)のような曲目も取り入れられてます。

[ 太鼓神輿について ]



そんなに昔からやってるものではないと思うけど、
今では飯能まつりのメインイベントの一つになってます。

[ 開催時期について ]


飯能で一年の内で大きな祭りは先日の飯能まつりが一番ですが、
七月中旬に行う天王様(八坂神社)の祭礼もわりと盛大です。
このお祭りでは8台の底抜け屋台が二日間にわたって曳き回されます。
その他、各神社がそれぞれお祭りをやってます。

引用ここまで --------

なんと内容の濃い!!


ちなみに重松流というのは「ところざわまつり」等で演奏されるお囃子のこと。
川越まつりもそうですが、屋台の上で踊るところなんか非常によく似ているなと思い、
関連性を質問してみました。
演目の「外道」ってのは気になりますね、僕なんかは70年代のロックバンドを思い浮かべてしまいますが。
あと底抜け屋台は前日のみ行われたらしく、見れなかったのが残念。
先生の説明を読むとこれを見ずして飯能まつりは語れない。。
めちゃくちゃ面白そう。

正直なところ前日がライブでヘトヘトに疲れ、
十分に調べられないまま行ってしまったことを後悔しております。
次の機会には是非とも底抜け屋台目掛けて気合入れて取材させて頂こうと思います。

本当に歌代さん、どうもありがとうございました。


飯能まつり連合会

http://f29.aaa.livedoor.jp/~hanno/


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