本場の最近のブログ記事

高千穂の夜神楽

以前から気にはなりつつも関連する記事を読むと何やら小難しく、
文章を呼んでもすぐに忘れて(早池峰とごっちゃになったりして)しまっていましたが、
実際に行ってみた結論から言うと、

これは本気でいい
絶対見に行った方がいいす。

日本人なら!とかもう関係なく、
ぜぇ~ったい見に行って損はないです!

高千穂え~、しつこいですね。。
この芸能は言わずもがな、天孫ニニギノミコト一行が降り立ったという、宮崎県は高千穂で行われます。
※ 各地域で11月中旬~2月中旬まで

神話好きからするとこんな看板でも神々しく感じてしまう程特別な場所です。(軽々しくパワースポットとか言うのはやめましょう(笑))

さて、神楽の内容については細々した説明が必要なのですが、
まずは全部すっ飛ばしてとにかくこれを御覧下さい!
夜神楽三十三番のオープニング、
御神屋始め(みこうやはじめ)




このリズム!このメロディー!
この唄!この鈴!このブレイク!


もう、なんなんでしょうね。
キャー!猿田彦~!
みたいな。

こんなカッコいい登場の仕方ってありますか?
僕は James Brown の「Live At The Apollo Vol.3」のオープニングかと思いました。

この序曲をもって猿田彦大神が神庭(こうにわ)に呼び寄せられ、
高千穂の夜神楽三十三番がスタートするのです。
ドラマチックでしょ?

[ 注意 ] ちなみに見に行きたい人は前日思いっきり寝てから行きましょう。

この時点で夕方7時位でしたが、氏神社(中畑神社)での神事執り行い、式三番の奉納、道行(御神幸)、神楽宿への舞入れを経てここに到っており、実際にはお昼過ぎから続いているのです。
しかもここから舞が翌朝、長い場合はお昼頃まで行われます。
セブンイレブンもびっくりですね。

さて、ここからは夜神楽三十三番ということで、読んで字の如く三十三演目ある訳ですが、
ビートという点で紹介したいのは上の動画に尽きます。




あ、終わってしまいましたね。

ブログの趣旨からするとそうなってしまうのですが、それでは我が国の神々に失礼ですし、
何より紹介せずにはいられない程興味深く、かつ見ごたえのあるものばかりです。
全部紹介すると朝になってしまうので、印象に残った演目をピックアップしてご覧頂こうと思います。

太伊殿



神庭(こうにわ)を鎮め、神の降臨を期待する舞だそうです。
リズムは同じですが、唄が違いますね。
とても楽しそう。
登場する神は、

久久之遅命(くくのちのみこと)
迦具土之命(かぐつちのみこと)
金山彦命(かなやまひこのみこと)
水波売命(みずはめのみこと)

の四柱

岩潜



岩間を潜る激流を表す舞。
ここでは四人がそれぞれ刀の先を持ってでやってますが、
三人、二人と減っていき、最後は一人で舞います。
地区によっては真剣を使うこともあるそうです。
舞っているのは、

武甕槌大神(たけみかつちのかみ)
天目一筒神(あまめひとつのかみ)
手置帆負神(たおきほおいのかみ)
天穂日命(あめのほひのみこ)

の四柱

八鉢



これは面白かった!
少彦名命(すくなひこなのみこと)が唐の国から珍しい薬草を携えて帰る際、
うれしさのあまり船縁を叩いて舞った様子を表しているとか。
嬉しいのは分かるけど、ハッチャケ過ぎでしょ(笑)
無理な姿勢から太鼓に上がろうとする所作に思わず笑ってしまいました。

ブラジルの格闘技、カポエラでこれとまったく同じポーズをとって試合を始めたりしますが、
恐らく関連性はないでしょう。

御神体



国生みで有名な伊奘諾尊(いざなぎのみこと)・伊奘冉尊(いざなみのみこと)が、
これまたやり過ぎます(笑)
酒を飲んだ勢いで。。

動画を見れば大体この後は想像つくと思いますが、
今も昔もやることはあまり変わってないですね。

興が乗った伊奘諾は見物人の中に押し入り女性を見つけては抱きつきます。
それを見た伊奘冉が嫉妬して激怒。
このやりとりに客席は大いに沸きます。

皆が眠気と格闘する深夜3時頃に行われるため、
「目覚まし神楽」とも呼ばれているようです。

戸取



そして完全に日も昇った朝8時頃、最大の見せ場である天の岩戸開きが行われます。
手力雄神(たぢからおのかみ)が岩を持ち上げる~!
ってとこでデジカメの電池が切れてしまいましたが、これでもまだ神楽は終わりません。

次の予定があった為ここまでしか見れなかったのですが、
この調子だとお昼頃まで続いたのだと思います。
神々すげ~!

高千穂の夜神楽 だご汁それにしてもこの日の高千穂は本当に寒かった。。
調子に乗って着物で見に行っていたのですが、寒さに何度くじけそうになったことか。

隣で見てらした方に貸して頂いた毛布とこの「猪汁」の旨さはきっと一生忘れないと思います。




さてさて、久し振りに長い記事になってしまいましたが、
初めて見に行った小僧が1ページで語りつくせる程この芸能は単純ではありません。
何度も何度も高千穂を訪れて少しでも神々の宴の意味を理解していきたいと感じました。

最後になりましたが、新参者を温かく受け入れてくれた三田井地区保存会の方々、
お話を聞かせて頂いた中畑神社の佐藤さん。
どうもありがとうございました。
またお邪魔させて下さいね。

高千穂町観光協会
http://www.takachiho-kanko.jp/

参考文献:「祈りと伝承の里 高千穂の夜神楽」

大学時代の友人小池君の高校時代の友人で、
音頭バンド「カラカラ」で一緒になったユミさんの大学時代の友人。

とかいうと訳分かんないですけど、
要は共通の知人の知人ということで繋がった歌代圭介さんのお招きで、
埼玉は飯能市の飯能まつりへ行ってきました。

この方の祭好きは筋金入りで、立ち上がったばかりの早稲田チンドン研究会において、

「僕は祭の為に生きてるんだけど、みんなは何の為に生きてるの?」


と、究極的かつ根源的なの質問を投げかけ、
皆を沈黙させてしまったという逸話を残しています。

飯能まつり中央が歌代さん。

今回は中途半端な僕の知識では申し訳ないので、本気で地元飯能の祭りを愛す歌代先生による説明を引用させて頂きます。

※携帯メールでのやり取りを転載させて頂きました。このテキスト数は尋常じゃない。。











[ いつから始まった祭事か ]


飯能の市街地の祭りは、もとをただせば江戸時代に鎮守の神社の祭礼として、
獅子舞(関東に多い三頭の獅子舞)が奉納されるようになったのが始まり。
明治、大正期に各町が山車や屋台を建造し囃子も演じられるようになりました。
今から約40年前、全市をあげての「飯能まつり」という形になり、
飯能市に伝わるさまざまな伝統芸能が演じられるようになりました。

[ 演目について ]



お囃子の演目だったら流派や町によっても違うけど、
大体共通している曲目は「屋台」「仁馬」「四丁目」「鎌倉」「昇殿」「神田丸」等。
踊りは特別なストーリーがあるわけではないですが、
ヒョットコ等の馬鹿面や岡目、天狐、外道、恵美寿や大黒等いろいろあります。

[ お囃子の流派について ]



流派は二つ。神田大橋流と小田原囃子若狭流。
大橋流は江戸時代に隣の入間市から、若狭流は明治初期に川越から伝わりました。
どちらも埼玉・東京に多い、江戸囃子の系統の囃子で、そういう意味では重松流とは同系統だと思います。個人的な感覚だと、大橋流と重松流は似ている点があると思ってます。

[ 底抜け屋台とは ]

現在飯能にあるのは古いものでも昭和になってから造ったものですが、
江戸時代の祭礼絵巻(神田祭りなど)に描かれたものとほとんど同じ形式で残っています。
特徴は床がなく歩きながら演奏すること。
屋根の部分に「朝顔」と呼ばれる市松模様の飾りがついていること等。
底抜け屋台の囃子は、山車の囃子とは違います。
祇園囃子と呼ばれるもので、飯能や入間、東京多摩地区にある囃子です。
飯能だけの特徴としては、昔飯能には花街があり芸者がたくさんいた関係で端唄(っていうのかな? お座敷の唄)のような曲目も取り入れられてます。

[ 太鼓神輿について ]



そんなに昔からやってるものではないと思うけど、
今では飯能まつりのメインイベントの一つになってます。

[ 開催時期について ]


飯能で一年の内で大きな祭りは先日の飯能まつりが一番ですが、
七月中旬に行う天王様(八坂神社)の祭礼もわりと盛大です。
このお祭りでは8台の底抜け屋台が二日間にわたって曳き回されます。
その他、各神社がそれぞれお祭りをやってます。

引用ここまで --------

なんと内容の濃い!!


ちなみに重松流というのは「ところざわまつり」等で演奏されるお囃子のこと。
川越まつりもそうですが、屋台の上で踊るところなんか非常によく似ているなと思い、
関連性を質問してみました。
演目の「外道」ってのは気になりますね、僕なんかは70年代のロックバンドを思い浮かべてしまいますが。
あと底抜け屋台は前日のみ行われたらしく、見れなかったのが残念。
先生の説明を読むとこれを見ずして飯能まつりは語れない。。
めちゃくちゃ面白そう。

正直なところ前日がライブでヘトヘトに疲れ、
十分に調べられないまま行ってしまったことを後悔しております。
次の機会には是非とも底抜け屋台目掛けて気合入れて取材させて頂こうと思います。

本当に歌代さん、どうもありがとうございました。


飯能まつり連合会

http://f29.aaa.livedoor.jp/~hanno/


本場桐生で八木節。

今年に入って4回目の桐生訪問は、
我が菅田米穀店芸能部にとって大きな一日となりました。

菅田米穀店芸能部@桐生青年祭












写真下の左から二人目、丹羽幸司さんのお招きで桐生市青年祭に出演してきました。

もう丹羽さんにはお礼のしようが無い程お世話になりました。
当日の会場案内から、説明会への参加。
そしてなんと僕らの出演に際して有志の方々からのカンパまで募って頂きました。

僕らもあんな大人になりたいね~

とか言いながらもう立派な成人なんですけどね。

折角なのでご支援頂いた方々のお名前を紹介させて頂きます。
※堤燈はないのでブログで失礼致します。

白椿 越次郎 様
小潟 喜八 様
菊谷 智巳 様
柳田 昌信 様
貝原 隆三 様
書上 文雄 様
小野 善三郎 様
向田 博文 様
須藤 英之 様
大塚 隆司 様
小太刀 健市 様
出島 波ニ郎 様
藤掛 達也 様
高橋 重雄 様
関口 博文 様
丹羽 幸司 様


本当にありがとうございます。

カメラの位置がもう少し右だったらな~。。
とかあるんですけど、せっかくなので動画をどうぞ。

八木節

本場桐生での初披露です。



豊年踊り(安芸津町盆踊り)


僕の地元安芸津町の民謡もやらせて頂きました。



この日は我らが瀧田先生による「東京音頭の踊り方」講座も行いましたが、
あまりに唄がひどいので割愛させて頂きます。。

なんと言いますか、僕らがやってきた事は間違っていなかったなと。
※そもそも間違いだなんて思ったこと無いですけど(笑)

民謡は地方の方々のもの。
僕らは借り物で演奏させて頂いている。
民謡が一人歩きした時点でもう民謡じゃない。


今回は本場の方々に敬意を払いつつ活動を続けてきた事による、
一つのご褒美だったと思っております。

※地元の新聞「日刊きりゅう」でも紹介して頂きました!

日刊きりゅう




















まだまだこれからの我が芸能部ですが、驕らず、焦らず、当たり前のどこにでも居る日本人として、
日本文化及び民謡の素晴らしさを皆さんと共有できたらなと存じます。

丹羽さん並びにご支援頂いた方々、亜流の八木節で踊っていただいた本場の方々に改めて感謝致します。
どうもありがとうございました。

桐生市立青年の家
http://bit.ly/1CVa6t
ピーヒャラピーヒャラ
テンツクテンツク

東京生まれの人がお祭りと聞いてイメージするものの一つにお囃子があると思います。
発祥については地域によって諸説あるようですが、
こと江戸のお囃子に関して発祥が葛西神社であることに異論はないようです。

先日行われた例大祭では思う存分その葛西囃子を堪能しました。

葛西囃子保存会お話を聞かせて頂いたのは、お囃子暦50年という大ベテランの小林さん(左)と佐々木会長

この日は里神楽の演奏も披露されていました。






今と同じく平和だった江戸時代。
いつの時代もそうなのでしょうが、今でいうヤンキー、ちょっと前だとチーマー・暴走族みたいな若者が治安を悪化させて幕府を困らせます。

そんな世相の中、葛西神社の神主だった能勢環さんが創作したお囃子を若者に教えたところ、

中々熱心にやるじゃん。

ということで、それに目を付けた関東の代官伊奈半左エ門が政策として奨励。
優秀な演奏者は将軍も上覧する神田明神のお祭りに参加できるとあって、
瞬く間に関東一円に広がっていったということです。

今や江戸祭囃子のスタンダードとなっている、

屋台~昇殿~鎌倉



四丁目~屋台




笛を吹いてらっしゃるのが、小林さん。
真ん中が佐々木会長。

内容としては現在松本源之助社中で教わっているものとほぼ同じでした。
ここでもそうですが、四丁目では締太鼓のアドリブが入ります。
ジャズで言うソロ回しみたいなもんですね。

締太鼓を叩いている者としてはここが技の見せ所的なところがあって、
気合入れ過ぎて失敗したりするのですが佐々木会長はさすがにツボを抑えた粋な演奏ですね。

テテンッ!と、終わりの合図が隣の人と揃ったらソロ終了。
これまた何とも粋でしょ?西洋音楽のように小節数でカウントはしないんです。

今回は時間の関係上あまり長くは居れませんでしたが、
また来年ゆっくり見させて頂きたいと思いました。

小林さん、佐々木会長、どうもありがとうございました。

葛西囃子保存会
http://music.geocities.jp/jisya01/

保存会に入れて下さい!

お盆(8月)の14日、実家に戻った僕は、
先日お世話になった日の丸写真館の中村さんに申し出ました。
我が故郷、安芸津町三津の盆踊り大会の前日です。
話は急ピッチに進み、揃いの浴衣まで貸して頂いて、そのまま本番15日。

朝6時屯所前集合

トラックに櫓の木材を積み込み会場となる児童公園へ。
櫓を組み立て、堤燈を飾って会場作り。
なんでこんな朝早くに?
と思いましたが参加してみて実感。

ぶちしんで~
蚊もおるし。。


こんな作業昼間にやったら本番迎えるまで体が持ちません。
お昼前に一旦休憩(酒飲み)して、

また3時に集合

お酒、氷、コップをもらいに町を回り、
会場に戻って草むしり。

ぶちしんで~
蚊もおるし。。

安芸津町三津市之町盆踊りただ、これだけ体を酷使すると、
めったにできない故郷孝行を今まさにやっているんだと。

そういう実感が痛いほど、かゆいほど体に感じられて、なんだかウルッときたりして。。

こんなこと毎年やってるんだと思うと、ほんと保存会の方々の苦労が身に染みて、どうしても残さにゃいかんと心から思います。

市之町盆踊りさて、辺りは程よく陽も落ちて、
夕方7時から盆踊りの始まりです。

この年お亡くなりになった方の霊を迎えるため、特別に供養された堤燈が櫓に灯されます。
(写真はその前の状態)

安芸津の盆踊りは先祖供養の意味合いが色濃く残り、地区によっては喪服で参加するところもありました。

そして何度も聴いた安芸津町三津盆踊り唄もここでは新霊供養踊りとして演奏されます。

帰村~一つ拍子



豊年踊り



唄には南さん、太鼓には安芸津のグルーヴマスター原田さん
さすがの貫禄ですね。
結局この日は夜の12時過ぎまで太鼓を叩き、酒を飲み、踊り続けました。

さすがにやり切った感があり、体力の限界に達したと感じましたが、
これでは終わりません。

「今日は皆様お疲れ様でした。
 明日も朝6時から片付けですので、よろしくお願いします。」

マジすか~!?



まじでした。
ホント保存会の人達ヤバイ。

こんなに体酷使された事しばらくありませんでしたが、
年に一回、次回はお盆に向けて体を作って臨みたいと思います。。
市之町盆踊り保存会の方々お疲れ様でした。


さて最後に極私的な記事になりますが、
懐かしい友達に再会しました。

御園隆之くんと定兼良輔くんです。

サダヨとイソ




















御園くんは安芸津で呉服屋(御園呉服)を、定兼くんはバンドを続けつつ料亭(富楽)を営んでいます。

みんなおっさんなったの~

とか言いながらそれでもこうやってまた楽しく話ができるって、
やっぱ安芸津で育ってえかったわ~。

安芸津に立ち寄った際は是非、御園呉服と富楽を探してみて下さい。
あと、菅田米穀店とね。

御園呉服店
http://map.doko.jp/m/sc=50179589

富楽
http://nttbj.itp.ne.jp/0846450511/index.html?Media_cate=populer&svc=1303

The NAF in the SweLL (定兼くんのバンド)
http://www.naf.fm/frame.html

せり込み蝶六

この民謡を生で聴くため、
富山県は魚津市で行われるじゃんとこい祭りへ行ってまいりました。

先週は岐阜(白鳥郡上八幡)、昨日は群馬(桐生)、そしてこの日は富山と、
我ながらよくやるな~と思いながらも見たいものは見たいのです。

このせり込み蝶六という民謡は瀧田くんから教わったのですが、
一回聴いただけでこのリズムは 来ると感じました。
腹にぐっと来る訳です。

さて東京方面から魚津へのアクセスは、
東京→越後湯沢(新幹線Maxとき)→魚津(JR特急はくたか)
辺りが無難でしょうが、僕はさすがに疲労が溜まっていたせいか、
新幹線で寝過ごして長岡まで行ってしまいました。。

あぁ、天地人~

さすがに焦りましたが、JR特急北越というのに乗れば長岡から魚津まで一本で行けるようですね。
長岡の駅員さんありがとう。

魚津で、着きました、魚津!

あの上杉謙信も、江戸川乱歩もこの町でこの町で見たという蜃気楼
織田軍と上杉軍が攻防戦を繰り広げた、魚津城(今は小学校)。
夏の夜空を鮮やかに彩る
たてもん祭り!
見所盛りだくさん、越中の要所です。


昨日に引き続き、ちらほら小雨のぱらつくパッとしない天気ではありましたが、
そんなことは気にせず、先に着いていた瀧田くん達と合流。

ちょっと腹ごしらえしてから行こうか~?
と入ったお店は地元で若者に人気というこのお店。

三三五五 三三五五

緑堤燈は国産食材50%以上の印!
このお店が大当たり!

ほたるいか黒作りはもちろん、
魚津ならではの食材で調理された料理の前に口元緩みっぱなし。




三三五五代表三井田一博さんと代表の三井田一博さん(中央)
がこれまた地元のことを良くご存知で、沢山魚津のお話を聞かせて頂きました。

こういう人だからこういうお店ができるんだなと。。

お土産に富山の方言番付表まで頂いて、三井田さんどうもありがとうございました。


さて、いよいよ本番
じゃんとこい魚津まつり
会場となる大通り(22m通りというらしいですが、もっとあると思う)まで臨時バスで向かいました。

人影がまばらだと思ってよく見ると皆さん歩道によけております。
このせり込み蝶六は街流し(パレード)形式をとっており、
大通りは総勢約3500人の踊り手さん達がそれこそ蝶のように舞うわけですね。

動画は色々撮ったのですが、まずは踊り手さん達の雰囲気が伝わるのでこれ。



やっぱ踊ってる方々も声が出てると全然見てる側も上がりますね。

この交差点から実際に演奏をしているゴール地点まではかなり距離があり、
この辺りで聞こえているのはスピーカーによるものですね。

で、実際の演奏側はと言うと、



ちょうどタイミング悪く三味線・胡弓の演奏者が交代するところですが、
僕はまずこの平太鼓を撮っておきたかったのでご了承下さい。

ちなみに後でまたご紹介しますが、太鼓を叩いてらっしゃるのが
出島 洋さん

三味線から胡弓に持ち替え演奏されているのが、
魚津せり込み蝶六保存会会長の
昭雄さんです。

長い長い街流しが終わり、最後に披露されるのが模範演技。
堤燈、手踊り、傘、扇子、花笠、笠と様々なパターンで踊られますが、
その名前の元となった扇子の動きはまさに蝶のようですね。





五人の男性の左から二番目で踊ってらっしゃる方が
嶋川 悦郎さん

さすがにうまいっすね~。
カッコイイ!

ここまで見て頂いた方はお分かりだと思いますが、
演奏の途中に入る
じゃ~んとこ~い、じゃ~んとこ~い
ってのがこのイベントの名前の由来です。

さてさて、これだけで魚津への道行きは終わりません。

以前から連絡を取らせて頂いていた保存会会長の野崎さんの呼びかけで、
翌日の朝関係者の方々を集めてお話を聞かせて頂いたのです。

なんたる幸せ。。

越中魚津の民謡&DVD魚津の民謡の全てが凝縮されたと言っても過言でない、
「越中魚津の民謡(50周年記念)」
なる保存会さん発行の200ページ弱に上る貴重な写真入りの資料及びDVDまで頂き、なんとお礼を言ってよいのやら。。

まだ頭の中で整理できていないので下手な事を書くのはよしておきますが、お話から分ったことをいくつか。


せり込み蝶六の踊りの基本は念仏・祈り・感動・喜びからなる踊躍歓喜(ユヤクカンギ)であり、
扇子を持って踊る理由も末広がりで目出度いからだそうです。
踊りを見ていればその様子が伝わってきますね。

名称については、民俗研究家の方が魚津を訪れた際に命名されたとのこと。
一口にせり込み蝶六と言っても昔は、

羽根曽(ハネソ)音頭
大道蝶六
流し川崎
古代神
ちょんがら
(もう一回)大道蝶六
松坂
千秋楽


という流れで非常に変化に富んだものであったようです。

現在では時間の関係上主に「古代神」と「ちょんがら」による二段構成となっていますが、
最後には「輪島」という石川県能登輪島から伝わった民謡が付け加えられています。

「わじま~の~な~らいじゃ~」

と唄っていた意味もこれで納得がいくというものです。
ねぇ?



って言ってもちんぷんかんぷんでしょ?曲名多すぎますね。
しかもこれに加え酒造り唄もあるんです。

魚津の人音楽好き過ぎ!

酒造り唄って僕の実家安芸津町もそうですが、
「桶洗い唄」「米研ぎ唄」「もとすり唄」「二番がい唄」他、沢山あるんですよ。

魚津の人音楽好き過ぎ!

自分の理解力のキャパを超えているので、
ふざけるしかありませんが、あまり難しい内容になっても仕方が無いので。
興味ある方は是非自分で追及して下さい。

とは言え、せり込み蝶六に取り組もうとする以上、
歌詞の内容を理解しておく事は必須です。

二十八日口徳

親鸞聖人の命日である二十八日が名前の由来ですが、
蓮如上人がお作りになり信仰者に唱和させたのがこの二十八日口徳なのだそうです。
せり込み蝶六で主に唄われるのはこの詞章なわけで、
僕は図らずも浄土真宗の教えをこんなところから学んだりすることになりそうです。

いや~、今回は長くなりました。
最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。

魚津せり込み蝶六保存会の方々と
そして最後は記念撮影

右から

野崎 昭雄さん(現会長)
出島 洋さん(太鼓)
宮坂新太郎さん(前会長)
嶋川 悦郎さん(踊り)


です。


僕らの様な若輩者に親切にしていただき本当にありがとうございました!
興味を持った方は是非魚津へ!
日本海の幸に蜃気楼、せり込み蝶六が待っていますよ。


魚津せり込み蝶六保存会
http://serikomi.uozu.net/

じゃんとこい魚津まつり
http://www.ccis-toyama.or.jp/uozu/kankou/event/uozu_matsuri.html

とうとうやってまいりました、
桐生八木節まつり

足利で偶然生演奏に出会ってから丸一年、
僕のi-Podでの再生回数トップの座を守り続けた八木節は、
このイベントを総決算としてまた次のステップへと歩み始めるのです。

桐生八木節まつり見てください、
この真剣な表情!


高校球児にとっての甲子園のごとく、
八木節家達にとってこのイベントは一年の成果を披露するための、待ちに待った夢の舞台なのです。




当日はかなりの雨量でそれなりに痛手を蒙っていたのは事実ですが、
このイベントの為に1年間練習してきた人達にとって
「そんなの関係ね~」
訳で。

6月に初めて桐生を訪れて以来懇意にして頂いている丹羽さんにとってもそれは同じ。
文字通りこの四角四面の櫓の上で唄い上げる気持ちの良さは、
何事にも変え難いものなのでしょう。



唄ってらっしゃるのが丹羽さん。
踊っておられる方々のはしゃぎっぷりも見事です。
(掛け声に会津磐梯山の歌詞が入っていますが、いつ頃からなのでしょうか?)

その丹羽さんが桐生一と太鼓判を押すのがストウさん(漢字は分りません)。



これはもう八木節を唄うために生まれてこられたような方ですね。
時間を気にしてらっしゃいましたが、もう一回だけと嘆願の末唄って頂きました。
わがまま言ってすみませんでした。

この日は3日間ある八木節まつりの中日で、
八木節家達の夏はまだ後1日残っていたわけですが、
名残惜しくも電車の都合上桐生の町を後にしました。

思い起こせば足利での突然の出会いから一年。
八木節からもらった出会いや恩恵のことを考えると本当に感謝してもしきれません。

堀込源太氏に感謝!
荒井一作氏にも感謝!
菅原君にも朝倉八木節保存会の方々にも感謝!感謝!
ついでに国定忠治氏にも感謝!


他に言う事はございません。
上州八木節に幸あれ!

ではまた来年。

桐生八木節まつり

http://kiryu-maturi.net/
白鳥おどりの興奮冷めやらぬ翌日、
我々は美濃白鳥駅を後に長良川鉄道で郡上八幡へと向かいます。

長良川鉄道電車はその名の通り長良川沿いに走ってゆくのですが、この車窓から見える景色の美しいこと美しいこと。。

この辺りは白山信仰が強い所らしいのですが、こんな山々に囲まれていたら誰だって畏敬の念を感じないでは居られないでしょう。
是非一度ご乗車下さい。
この電車は裏切りません!



少し熱くなってしまいましたが、
綺麗な景色にうっとりしているとあっという間に郡上八幡駅に到着です。

昨日からの安定しない天候にそわそわしながらも、出かけずには居られない。
そんな魅力をこの町は持っています。
例えば、


吉田川飛び込みで有名な
吉田川










宗祇水その名も高い
宗祇水











安養寺とにかくでかい!
安養寺










郡上八幡城郡上の誇り
郡上八幡城








これほど観光地として恵まれた町があるでしょうか?
これに加え、鍾乳洞まであるんすよこの町は!!

なんたる。。

郡上おどりそして、忘れちゃいけません。
極めつけが今回の目的
郡上踊りです。

雨が降ろうが警報が出ない限りは決行するという男らしさ!

開催を前に銅像前で一枚。




今回の会場となる本町は、雨にも関わらずすでに大変な人だかりです。

子供達による演奏(これもめちゃくちゃ上手い)の後、
いよいよ本場のベテランの方々による演奏が始まりました。

まずはこの曲
かわさき




ここで太鼓を叩いてらっしゃるのが、
武藤徳幸さんです。
この日もずうずうしく、この方と名刺交換をさせて頂きました。
僕はぶっちゃけ結構お世辞も言うのですが、この太鼓の演奏は掛け値なしに最高!
音色、タイミング、完璧です!

スッテンスッテンスッテンテン、
スッテンスッドンスッドンドン


言ってしまえばこの繰り返しですが、
武藤さんが叩くとなんでこんなにカッコイイでしょうね?

そしてこのリズムはまさにビートと呼ぶにふさわしい汎用性を持っています。
実際、郡上踊りの中でも何度も出てきますし、白鳥踊りにすら使われています。

次は三百踊
昨日は見てるからと頑なに踊る事を拒んでいた小池君ですが、
周りのあまりの勢いにこの通り。



太鼓のリズムとメロディー楽器の小節感の違いが、
気持ちいいグルーヴを生み出しているのがお分かりになると思います。

リズムがテンポによって表情を変える事を分りやすく教えてくれるのが、
春駒



よく聴くと入りの部分を除いてリズムは同じです。
それにしても武藤さんのこの切れのある叩きっぷり!

七両三分の春駒、春駒~!
いや~、ほんとアガります(テンション)。
覚せい剤に手を出す人はその前に郡上に行けばいいのにね。

他にも紹介したい動画はありますが、
まだ許可が取れていないので一旦ここまで。

郡上踊り。太鼓の武藤さんと白鳥に引き続き、くたくたになるまで踊った郡上踊り。

最後は憧れの武藤さんと記念撮影。

幸せだな~。







「郡上の八幡出てゆく時は、雨も降らぬに袖しぼる」

何よりかわさきの歌詞が何より染みる道行きとなりました。

興味のある方は是非白鳥・郡上八幡へ
生きた盆踊りを感じに行ってみて下さい。

郡上踊り
http://www.gujohachiman.com/kanko/gujo_odori_j.htm

毎年夏は面白い芸能がある場所へ遠出しよう!

と、学生時代の友人小池くんとは決めているのですが、
昨年のねぶたに続き今年は岐阜県の郡上市に行って参りました。

郡上市ではお盆を含む7月下旬から9月初旬にかけて、日本三大盆踊りの一つ
郡上踊り
そして白鳥(しろとり)おどりが行われるのです。

岐阜バス乗り場白鳥おどりが行われる白鳥へは、岐阜駅バス停14番乗り場から出ているいる高速バスに乗るのがお得です。

岐阜駅も初めてなので
ちょっと記念撮影







バスに乗り込み車内から窓の外に広がる美濃の山々を眺めていると、
あ~日本ってめちゃくちゃ自然に囲まれてんじゃん。
斉藤道三もこの景色みたんだなきっと。
とか勝手に妄想は膨らみもう国盗り物語気分!

そうこうしてる間に憧れの本場白鳥に到着です。

白鳥おどり銅像最寄駅である美濃白鳥駅前には白鳥おどりの銅像がありました。

現地の学生さんなんかはこの銅像前で待ち合わせたりするのでしょうか?
羨ましいな~。

この日はネットで調べた
民宿かんしろう
という宿にチェックイン。

この宿の女将さんがいい人で、
白鳥おどりはアップテンポだから沢山食べてないとバテるよと美味しい料理を沢山頂きました。

開始時間の20時前。
天候の不安も抱えながら白鳥の町を少し散歩していると、
町の至る所にこの物体が!

白鳥の切子堤燈というにはあまりにも特殊な形で、なんだか宇宙船のよう。

これは切子(きりこ)と呼ばれる盆燈籠(ぼんとうろう)の一種で魔除けの意味があるそうです。

確かにそう言われれば悪いものを寄せ付けなさそうですね。

白鳥ではあまりにも一般的過ぎるようで、町の人に尋ねたところ

「これ白鳥だけか?」

と逆にびっくりされてしまいました。





時間は20時となり、町の人が少しづつ集まってきたところで400年の歴史を持つ白鳥おどりの始まりです。

まずはこの曲、源助さん
歌詞も泣かせる本当に大好きな曲です。



ホントに驚いたんですけど、
クオリティーがCDとまったく変わらない!
これには山下達郎さんもびっくりなのではないでしょうか(笑)

ちなみに動画中踊ってらっしゃるねじり鉢巻の方が
曽我忠雄さん

この日名刺交換をさせて頂いたのですが、後で調べてびっくり。
先日購入した「現地保存会による 岐阜・奥美濃 白鳥おどり」
というCDの中で太鼓を叩いてらっしゃる方ではないですか!

いやいや、これは畏れ多い。
僕のような若造にお付き合い頂きありがとうございました。

さてお次はシッチョイ



威勢がいいですね、町の方々も乗ってきました。
あ、きょろきょろしながら下手な踊りを晒しているのは僕です。
あぁ情けない。。

次は(ヤッサカ)



この曲ちょっとリズムが変ですよね。
あ~りゃ~のところで裏返ったような裏返ってないような。
Edu Lobo(エドゥ・ロボ)「Zanzibar」
オリジナル・ラヴ「ホモ・エレクトス」ような手法が民謡にもあるとは。。
元は労作歌らしいですが案外こういう感覚って日本人も昔から持ってたのかな?

白鳥おどりは全部で8曲あり、
他に

神代(ドッコイサ)
老坂(オイサカ)
猫の子(ネコノコ)
世栄(ヨサカエ)
さのさ


がありますがあまりいい動画が撮れておらず、
残念ながら紹介出来ません。
世栄なんて凄かったのにな~。。

白鳥おどり保存会の方々とこの日は保存会の方々と記念撮影もさせて頂きました。

向かって左が曽我さん。
あとのお二方はお名前をお聞きするタイミングを逃してしまいました。

それにしても俺ひどい顔。。
人間舞い上がるとこういう顔するんですね(笑)



さてさて今回は踊ることに精一杯で太鼓を見ている暇がありませんでしたが、
白鳥おどりのリズムは郡上踊りと共通する点が多く使われている太鼓も同じでした。
これは元々唄と踊りがあり、後から三味線等の楽器を付けたということに由来するのでしょうが、それにしても興味深く楽しいリズムです。

あと今回現地に行って強く感じたのは踊っている方の下駄の音
何より一つのリズム楽器として機能していたという事。

「今日は下駄がもつかな?」

と現地の人が心配していたのも頷けるほど、
皆さん下駄の音を響かせて踊ってらっしゃいました。

今年もまだまだやってます。
現地へ行かれる時は何を忘れても下駄だけはお忘れなく

白鳥おどり日程表
http://shirotori.gujo.to/html/odori.htm

白鳥踊りの歴史
http://www.bonodori.net/zenkoku/shirotori/shirotori_rekishi.html

岐阜新聞 Web
http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20090719/200907190848_8355.shtml


山あげ祭り去年に引き続き今年も行ってきました、
山あげ祭り!

日本中の祭りを見れるだけ見てやろうと思っている人間にとって、
同じ祭りをもう一度見に行くというのはよっぽどのことです。



でもこの山あげ祭りはそのよっぽどなんです。


前回お世話になった松本さんの人間的な魅力もさることながら、
ここで演奏されるお囃子が僕には強烈過ぎました。
この曲に四つ打ちのバスドラ入れたらトランスのパーティーが出来ると本気で思います。
絶対にしないで欲しいけど。。

ほら



山上げ祭りでは歌舞伎の舞台をその場で組み立てるのですが、
準備が出来るまでの間(40分くらい)これ、ずーっと演奏されるんですよ。

これでテンション上がんない人いるんでしょうか?

演奏されているのはお囃子小宅流の方々で、
動画中メインで写っているのは、

笛:滝沢さん
鉦:小森さん


太鼓の方達は変形していく山車に乗って演奏されています。
(この変形する山車もガンダムマニアに見せたいくらいかっこ良くて機能的)

山あげ祭りいつまででも聴いていられて、
且つ気持ちがアガル!
炎天下の中での舞台組み立てという過酷な作業を影で支えるにはこういう曲が必要なんですね。

「新囃子」

と言う曲だそうです。



全10曲入りのCDが烏山駅近くの山あげ会館で購入できます。
1500円!安い!

ただただベタ褒めしてるように写るかもしれませんが、
この方々の演奏能力は本気で高いです。

例えば
日本の芸能に鉦は付き物ですが、
これがヘタクソな為に興ざめしてしまうパターンは非常に多いです。
小森さんは何気なくチャンチキやってますが、全然ブレません。
正直このクオリティは僕には無理(笑)

もちろん
ピリッ!のタイミング、音色、ヤバイっすよ。
このセンス溢れるメロディーを滝沢さんは表現し切ってます。

そして太鼓
会長の松本さんの話では大胴、中つけ、下つけが皆違うリズムを叩いているそうです。
このテンポですよ、普通ズレが気になるでしょう。
音の強弱も付けながらこの演奏はスゴイ!
一糸乱れぬとはまさにこの事。

ね?

ほんと、日本人はリズム音痴だなんて誰が言ってんだか。。

お囃子小宅流の皆さんと今回はお囃子の話に終始してしまいましたが、山あげ祭りの魅力は野外で披露される歌舞伎、その舞台装置及び組み立ての手際のよさ、山車引きと挙げればきりが無い程沢山あります。

興味をもたれた方は是非実際に足を運んでみて下さい。
期待を裏切らない事を烏山の方に代わって保障します。



本気で一年間お祭りの為に捧げている方々の生き様を感じますよ。

最後になりましたが、小宅流の方々との記念撮影まで段取りして頂いた松本会長、
裏話を聞かせてくださった荒井さん、一緒に同行してくれた友枝さん。

本当にどうもありがとうございました。
また来年お会いしましょう!

山あげ祭り
http://www.mt-crow.net/k-karasuyama/index.php?mode=ym


八木節を愛する者にとって夢のイベントが、
桐生中央公民館市民ホールで行われました。

八木節連絡協議会に所属する全26団体が一同に会し、
約5時間ぶっ続けで次々に練習の成果を披露する「技能研修発表会」がそれです。

まずは毎年行われるというその年のキャンペーンスタッフの認定式。
認定された方々は一年間桐生のPRのため、各地で八木節を披露されるそうです。
ではそのキャンペーンスタッフによる八木節をどうぞ!



もう、さすが本場というか。。
文句ないっすね。

唄を担当されているのは八木節仲間にその名が知られるストウさんという方。
知らないのはモグリだと言われましたが、確かにこれだけ上手い人はそうそう居ないです。

しかしこうして改めて見ると、
本当に太鼓のアンサンブルが絶妙だと思いません?

堀込源太が馬を引きながら唄っていたとか、そういう話はよく耳にしますが、
一体このアンサンブルを考えた人は誰なのか?
太鼓の叩き方まで全部源太さんが指示したのでしょうか?
だとしたら日本のジェームス・ブラウンは間違いなく堀込源太です。
大正という時代が生んだ早すぎた天才でしょう。

チャッポコチャカポコチャカポッポポコ、チャッポコチャカポコ。。
これに鉦と太鼓が入ってあの笛でしょ。
ん~、すげ~。

この曲をアレンジする時どうして皆この一番面白いリズムを8ビートとかにしちゃうのか、
僕にはさっぱり理解ができない。

超期待して買った石川晶さんのCD(その名も「八木節ドラム」)も、
やっぱり演奏はジャズ・フュージョン系。

リズムがカッコいいんでしょ!八木節は~!!(怒)

だから僕は正調が好きです。

敬意を表して参加された26チームを紹介させて頂きます。(*演奏順)

  1. 東京睦会
  2. 桐信八木節愛好会
  3. 上州八木節虎龍会
  4. 上栄会
  5. 群大工学部チーム
  6. 小倉クラッチ 小松会
  7. 境野町 敬友会
  8. 八木節保存会 美つ和会
  9. 八木節 上州睦会
  10. 太田市八木節連合会
  11. 館林市成北八木節愛好会
  12. 桐生八木節 民謡会
  13. ミスター八木節グループ
  14. 桐生八木節 天晴会
  15. 桐生八木節 桐雅会
  16. 上州八木節保存会
  17. 桐生日昇会
  18. 山田製作所八木節愛好会
  19. ミツバ八木節 昇竜会
  20. サンウェーブ八木節会
  21. 上州八木節天沼会
  22. 桐生京和会
  23. 赤城八木節会
  24. 市役所八木節愛好会
  25. 藪塚 八木節愛好会
  26. 桐生八木節 昭友会

八木節連絡協議会研修発表会さすがに26回も連続で八木節のみ聞くとお腹いっぱいになりましたが、
皆さんそれぞれ工夫されていて色んな発見がありました。

今回のイベントに誘っていただいた日昇会の丹羽幸司さん(写真右)、
どうもありがとうございました。
それではまた来月本番の
八木節まつりで。


八木節 八木節八木節八木節八木節 八木節

もう八木節のことを考えると止まらなくなってしまう僕ですが、
足利、大田と並び八木節の本場である桐生に足を運んだことはまだありませんでした。
現在活動している菅田米穀店芸能部では日本の芸能(ビート)を幅広く紹介していくつもりですが、
目下の対象は民謡です。

民謡は民の謡であり、個人の歌ではありません。
ここは重要なところで、
僕らはあくまでも借り物で演奏してるという意識を捨ててはならないと思っています。
著作権の無い民謡であれ、借り物である以上借してくれる人にお伺いを立てるのは当然の礼儀な訳で。。

では誰にお伺いを立てるのか?

これは当然本場の民だと思っています。
だからこそメンバーには本場出身の人間を入れたいし、現地を訪れる必要があるのです。
さて前置きが長くなりましたが、そんなこんなで群馬県桐生市へ行って参りました。

わたらせ渓流鉄道足利と桐生をつなぐJR両毛線はもう乗っているだけで、八木節気分!
途中に「国定」(国定忠治の国定村)という駅まであり、これで興奮しない八木節ファンはいないでしょう?

同乗した学生を横目で見ながら、
「きっと八木節唄えるんだろうな~」
とか思い勝手に尊敬したりしてました。
*ちなみに写真はわたらせ渓流鉄道



到着後、向かったのは飯塚晃弘さん(本町五丁目の町会長)の経営する洋品店。
この日も注文が入り忙しくしてらしたのですが、
せっかく来たんだからと、早速八木節の演奏が行われる鉾会館を案内して頂ました。

桐生八木節鉾会館に到着すると、
もう既にスタンバイ済み。
威勢のいい掛け声で始まった八木節はトータルの演奏時間
なんと約20分!
途中で歌い手の方が変わったとはいえ、なんたる体力でしょう?

踊りも手ぬぐい、扇子、笠、傘と文字通り手を変え品を変え踊り通しです。


演奏後、安部健治さん(桐生八木節連絡協議会会長)にご挨拶を済まし、
恐る恐る用意していたDVD(僕らの演奏)をお渡しすると、
「見ようや、見ようや」と何故か置いてあったDVDプレイヤーで早速再生。

自分で持っていったくせに何だかえらい恥ずかしかったのですが、
ご好評を頂き是非共演したいですねと畏れ多いお言葉。
「桐生八木節まつり」への出演も、連協(桐生八木節連絡協議会)側はOKとのこと。

連協さんのお墨付きをもらい、意気揚々と町会長の洋品店へ。
幻となりかけた八木節の祭典への出演がこうもすんなりと決まって良いものか?
いえ、さすがにそう簡単にはいかないんですね。

町会長さんによれば場所はあるにはあるものの、
売店が出ていたり他の出し物もあったりで時間の確約ができないとのこと。
「来てもらってできないってんじゃ、申し訳ないから」
いえいえ、突然押しかけて無理な注文してるこちらの方が申し訳ないです。。
ともかく今年は一度様子を拝見させて頂き、来年改めて出演交渉をすることとなりました。

桐生にてその後お昼までご馳走になり、そろそろおいとましようかと思っていると、町会長がこの人もと紹介してくれたのが

桐生中央商店街振興組合理事
西井憲一郎さん

西井さんは桐生の情報誌「織人」の編集からFM桐生のラジオ番組「織人ラヂオ」への出演と桐生の為に奔走してらっしゃる地元の有志です。
*写真は左から飯塚さん、西井さん。

織人そしてこれがその「織人」

織物で栄えた町であったことからこの名前が付けられたそうですが、内容も充実したこだわりの情報誌。
僕こういうの大好きです(笑)

桐生の歴史や伝説に焦点を当てた特集は貴重な写真も含め興味をそそられっぱなしでした。


地元に誇りを持ってる姿というのは見ていて気持ちがいいものです。

結局この日、町会長さんにはお土産まで持たせて頂きました。
ただの八木節が好きなヨソモノにお気遣い頂きありがとうございました。
次はまた「桐生八木節まつり」で!

さてさて、今回のまとめとして桐生に行って確信したことを一つ。
桐生に限らず本場を訪れて、何が地元の人を一番喜ばせるか?
それは、ヨソの人が地元の事に興味を持ってくれること。

うちの地元でもそうでした。
何よりも喜んでくれたのは結局、
わざわざ東京の人が踊りを習いに安芸津町まで来てくれたということでした。

これは冒頭で書いた僕の思いとは真逆であり、正直結構ショックでした(笑)
メンバーに本場出身者が居るということは、本場からすれば案外大して重要でない。。

でもよくよく考えれば正調ではないのだから当然の事かな。
何より地元の方に喜んでもらえるのが一番ですからね。
今後は本場であろうが無かろうが、やる気のある方とやっていきます。

ただし、借り物は借り物。

地元を訪れ了解を得る

この一点は決して譲らないつもりです。
いや~、固いな~(笑)


桐生中央商店街

http://www.kiryu.jp/joytown/

織人ラヂオ
http://blog.kiryu.jp/?p=980

安芸津町三津盆踊り唄

僕の実家の民謡であるこの曲を我が芸能部のレパートリーとすべく、
今回は踊りの瀧田くん、まりあちゃんを連れ実家安芸津町に戻って参りました。

毎年我が母校三津小学校運動会で披露される三津盆踊りを生で見てもらい、
その後保存会の方々直々に踊り・太鼓を教えてもらうという贅沢過ぎる程の日程です。

では早速、現役三津小学校5・6年生による盆踊りをどうぞ。
純粋にがんばっている子供達の姿を見ていただければ光栄です。

3曲メドレーで15分弱あるため、動画を2つに分けています。

「帰村・一つ拍子」




「豊年踊り」



動画では分りづらいかもしれませんが、
安芸津の盆踊りはただ輪になってぐるぐる回るだけではありません。
左右から合流したかと思うと十文字・輪・四角とめまぐるしく陣形が変わります。
その辺りに注目して見て頂くとまた興味深いのではないでしょうか。

当日は小学校時代仲の良かった同級生にも再会できましたが、
2人で当時を振り返りながら運動会を眺めるのは中々感慨深いものがありました。

今でもこうして盆踊りが続いていることを誇りに思います。
教員の方々並びに保存会の方々に感謝です。

そしてこれからは僕らの世代が盛り上げていく所存です。

菅田米穀店芸能部さて三津小の盆踊りを満喫した後は、
菅田米穀店(本部?)前で記念撮影。

今後の芸能活動にとって欠かせない、なんとも頼もしい二人です。

じいちゃんが生きてたらどう思うだろうな。。





さて、ここからが本番。
この日のために集まっていただいた、
市之町盆踊り保存会 の方々から直々に踊りの指導です。
それまでリラックスムードだった二人も真剣な表情で話を聞いていました。

以下がメンバーの方々
*順不同

地元がが誇るいわば三津盆踊りのオールスターです。

原田欣二さん
南清和さん
柄宣行さん
坂井敏雄さん
宮本教子さん
中村和彦さん
豊田昭洋さん


ビッグバンドをやっている人からすれば、カウント・ベイシー楽団にわざわざ集まってもらって教わるようなもの。なんと贅沢な。。

トータルで2時間強でしたが、最終的にはここまで踊れるようしっかり教わりました。





小学校では教えてない踊りも含め、全部で5パターンも踊りが存在します。
安芸津の祇園祭で町を練り歩く大名行列のやっこさんの動きが取り入れられていたり、
掘り下げれば踊りにも沢山の意味が込められていて興味深いです。
この辺りは瀧田くんにお任せですね。

3曲メドレーで演奏されるというのは日本の民謡の中でも特殊だと思いますが、
その演奏形態でも安芸津の盆踊りは変わっています。

まず何よりメロディー楽器がありません。

断片的にしか太鼓が出てこない、もしくはそもそもが太鼓がない、
といった民謡が多い中、太鼓しかないってのはかなり異色ではないでしょうか?

詳しくはまた別の機会に書きますが、「帰村」のリズム、これは2・4の変拍子です。
「一つ拍子」は読んで字のごとくドンとカッしか存在しない一つの拍子でドンは踊りに合わせます。
最後の「豊年踊り」はハッキリとした拍をもったリズム。
小泉文夫氏の体系化した八木節様式と言う部類に入るのだろうと思います。

余談ですがこの八木節様式で演奏されるリズムこそが、
現代の音楽に欠かせないビートまたはパルスと呼ばれるものです。
僕はここを追及していきたい。


これこそが全世界で通用するいわば汎用的なパターンです。
覚えてしまえばどこまでも応用が利きます。


なんで日本的なことをやりたいのにドラムでやるのかと最近よく聞かれますが、
当たり前の話ですが太鼓でやったらまんまになってしまうからです。

太鼓は持っていなければ演奏できませんが、リズムは知っていればどこでも表現できる。
ボンゴで演奏しようが、インドのタブラで演奏しようが、バケツを叩こうが、膝を叩こうが、
日本のリズム を表現できるんです

重要なのは使う楽器よりも、演奏する内容だと思ってます。
そりゃ、もちろん太鼓が一番いいっすよ。
けど外人さんは中々手に入れられない。
でもバケツくらいならどの国だってあるでしょう。

え~、話を戻して安芸津町の盆踊りですが、
地元にその可能性を秘めたリズムがあるというのは何とも誇らしく、
今後様々な場で発表していきたいと思います。

最後になりましたが、
お忙しい中お集まり頂いた市之町盆踊り保存会の方々、
動画UPを許可していただいた校長先生、PTA会長さん、
応援に駆けつけていただいた鈴木さん、
どうもありがとうございました。

毎年8月15日は安芸津町三津盆踊り!
機会があれば是非安芸津町に!



東広島市立三津小学校
http://www2.city.higashihiroshima.hiroshima.jp/~mitsu-sho/

安芸津町のグルーヴマスター
と言えば、この人!


当ブログ早くも2回目の登場になる原田欣二さんです。
前回はお話を聞くだけで終わってしまったのですが、
今回はそのテクニックを余すところなくご披露頂きました。

まずは安芸津町盆踊り唄(豊年踊り)



後半のフレーズを叩く時の原田さんに注目して頂きたいのですが、微妙に足の位置を変えています。
やってみると分かりますが、太鼓の皮と淵を叩き分けるのにそのままの位置では叩きにくいのです。
パッと見そんな高度は事はやっていないように思えますが、さりげない足の運び方には年月の重みを感じますね。

ちょっと脱線しますが、こういう映像はマニアックな心をくすぐるものがありまして、何年か前にリットーミュージックから発売されたJB'sのドラマーの教則ビデオ「聖典 ザ・ファンク・ドラム」を思い出したりもします。
どちらにしても個人的には図書館で保管してもいいくらいの価値ある資料であると思っています。

さてお次は安芸津町盆踊り唄(きそん、一つ拍子)



「きそん」は「カッテンドン」と頭から入り、「一つ拍子」は4回端を叩いてドン、6回叩いてドン!
それにしても、まさかこんな叩き方をしていたとは!

「派手にやりすぎてテンポが遅~なるゆ~て、歌い手のひとによ~ゆわれよ~たわいね」

と、裏話も聞かせて頂きましたが映像で得られる新たな発見は思いの他大きいようです。

この日はお昼から夕方にかけて色々な話を聞かせて頂きましたが、
そのお話だけ別で録音したかったくらい、日本昔話ならぬ安芸津昔話のオンパレード。
榊山神社の福祉会館から来島どっくが見えますが、あのガソリンスタンドからセブンイレブンに続く道は埋め立てたもので、元々あそこは海岸だったそうです。
(これは地元の人じゃないと分からんじゃろうね。。)

本当に綺麗で榊山神社からの景色が好きだったと原田さん。
言葉の端々に安芸津に対する並々ならぬ郷土愛が感じられますが、そういう景色を実体験として見て来た人達にとっての地元は僕らが考える以上に大切なものなのだろうと思います。

埋め立てられた道路を眺めながら昔の景色はどうだっただろうかと想像すると、
悔やんでも悔やみきれないくらい素晴らしい景色が広がってきます。
とは言えまだまだ沢山の自然が残る安芸津町。
誤った方向へ持っていかないようにするのは僕らの世代の大きな責任だと思います。

お後がよろしいようで。
今回も原田さん、どうもありがとうございました。

2月14日と言えば世間ではバレンタインデーなのかも知れませんが、
埼玉の鷲宮神社では、土師一流催馬楽神楽の奉納を含む年越祭が毎年行われています。

鷲宮神社国の重要無形民俗文化財にも指定されているこの神楽は、以前紹介した江戸里神楽の源流とも言われ、関東の神楽には大きな影響を与えたようです。

一時は神楽師の減少から消滅の危機に瀕していた催馬楽神楽ですが、最後に残った白石国蔵氏と復興会の尽力により、現在は若い世代にもその芸能が受け継がれています。


基本的な演目は下の12座
  1. 天照国照太祝詞神詠之段 (あまてるくにてるふとのりとしんえいのまい)
  2. 天心一貫本末神楽歌催馬楽之段(てんしんいっかんもとすえかぐらうたさいばらのまい)
  3. 浦安四方之国固之段(うらやすよものくにかためのまい)
  4. 降臨御先猿田彦鈿女之段(こうりんみさきさるたひこうずめのまい)
  5. 磐戸照開諸神大喜之段(いわとしょうかいしょじんだいきのまい)
  6. 八洲起源浮橋事之段(やしまきげんうきはしわざのまい)
  7. 大道神宝三種神器事之段(だいどうじんほうさんじゅじんぎわざのまい)
  8. 祓除清浄杓大麻之段(ばつじょうしょうじょうおおぬさのまい)
  9. 五穀最上国家経営之段(ごこくさいじょうこっかけいえいのまい)
  10. 翁三神舞楽之段(おきなさんじんぶがくのまい)
  11. 鎮悪神発弓靱負之段(ちんあくじんはっきゅううつぼのまい)
  12. 天神地祇感応納受之段(てんじんちぎかんのうのうじゅのまい)
うん、めっちゃくちゃ名前長いっすね。
でもよーく漢字を読むと分るように、古事記や日本書紀といった日本神話を元にした演目がほとんど。
お正月には全演目披露されるようですが、今回は一部のみの奉納でした。

それでは伊邪那岐命と伊邪那美命で有名な国生みの一節、
八洲起源浮橋事之段(やしまきげんうきはしわざのまい)をどうぞ。



最近古事記にハマって読みまくっていたので、
もうイザナギの命がしゃべるだけでも大感激!

ただ神話では木の周りを回ったとあるのになぜこの神楽では橋なのか?
神主さんが質問を受け付けると仰ったので聞いてみると、

「昔の人が考えたんでしょうね。」

そうすね、、橋の方が見栄えがいいすもんね。
さて、こちらは後半部分。



このリズムと節は他の演目でも使われていて、
大太鼓がドド!ってくるとおぉぉ~またきた~!
ってな感じでその度に心躍らされました。
ここのフレーズは応用次第で特徴的なビートになりそうな予感。

また、終わる時や節目で太鼓をドンと1回しか打たないのも印象的でした。
日本音楽の大きな特徴だと認識していた2回打ちですが、
案外その歴史は浅いのかもしれませんね。

変わって12座の合間に披露される端神楽(はかぐら)。



巫女さんを演じる女の子は堂々たるものですが、中学生になると引退しなくてはならないとのこと。
少し残念な気もしますが、文字通りさまにしんでいただくという観点から考えると、
永遠である神に奉納する芸能を永遠でない一人の人間が独占してしまうシステムよりもずっと理に適っているように思います。

催馬楽神楽はあくまで神事なのですね。

芸能的な側面が強い江戸里神楽と比べ、共通点よりもむしろ相違点のほうが多い印象でしたが、
それだけにまた見に来たいなと思わせる神楽でした。

鷲宮らき☆すた最後についでと言ってはなんですが、この鷲宮神社はアニメオタクの聖地でもあるようです。

人気アニメ「らき☆すた」の舞台になった事がきっかけで鷲宮神社にはアニオタが詰め掛けるようになり、*今年の初詣では正月三が日での参拝客が12万人も増えるという異様な盛り上がりをみせているとのこと。
*MSN産経ニュースより

昼食を取ったお店では箸入れを始め、メニューのいたるところに「らき☆すた」のキャラが。
本格的な専門店もありましたし、新たな名物として定着しつつあるのかもしれません。


重松流祭囃子(じゅうまつりゅうまつりばやし)

なんじゃそれは!

江戸の祭囃子といえば葛西流の流れを汲むものしかないのでは?
と、勝手に思い込んでいましたが、古谷重松という人が広めた別の流派のお囃子であると知り、
意外に近場の所沢市へ行って参りました。

お祭りの名称はそのまんまところざわまつり」です。

ジャズ・ラテンバンド、サンバカーニバル、よさこい、かっぽれ等なんでもありの出し物の中、
山車に乗って演奏されるそれは日常的な風景を一気に吹き飛ばす不思議な異空間を作り出していました。



この天狐の動き、やばいですね~。
マイケル・ジャクソンですね~。

日本のダンスシーンにもこの辺りから派生したものがあるのでしょうか?
ちょっと気になるところです。

ところざわまつり左の写真はひょっとこですが、他にも獅子等様々な演目が披露されていました。

各町ごとにお囃子の団体が組まれ、小さな子供もひょっとこを演じていたりしましたが、とても可愛いらしかったです。





さて、こうも魅力的なものを見せられてはやってみたいと思うのが人情。
ということで、色んな団体に聞いてみましたが、どの団体も各町の代表としてお祭りに参加していて、
その町に住む住人でないとお稽古に参加できないとの事。。

これは少々残念な気もしましたが、そのような体制で未だにお祭りが続いているという頼もしい事実でもありました。


本家重松流祭り囃子の方々右の写真は所沢重松流の団体の中でも、本家にあたるという旭町の本家重松流祭囃子の方々。
演奏も抜群でした!

左から二番目の朝倉涼介さんは忙しいお祭りの最中にもかかわらず、僕のずうずうしい質問に丁寧に答えて下さいました。



「祭囃子の団体を持つ町の住人であることが、お稽古を受ける条件ということは、旭町に住民票を移せば問題ないということですね?」

という僕のアホな質問にも、「それであれば問題ないと思います」と答えてくれたイケメン朝倉さん。
この場を借りてお礼申し上げます。

この重松流祭り囃子、さらっと調べてみたところ現在では福生市、東村山市、あきる野市等広範囲に伝承しているようです。
興味のある方は是非足を運んでみて下さい。

重松流祭囃子保存会
http://www.juma-ryu.jp/

祭本来の姿

とでも言うのでしょうか。
先日訪れた岸和田のだんじり祭ではごく日常の延長線上にある、町対抗の大運動会のような印象を受けました。





岸和田城岸和田藩・岡部氏の城下町として栄えた岸和田は、明治以後もその立地条件の良さから大阪のベッドタウンとして発展。

にもかかわらず岸和田城をはじめとする情緒ある町並みが数多く残り、こんな所に生まれたらきっと離れたいなんて思わないだろうなと、よそ者ながらに思ってしまいました。


あまりにも理想的な発展の仕方をしたお陰でしょうか、岸和田には他の町で見られるような保存会の類は存在しません。
そればかりか、だんじりに参加する町団体はまだなお増え続けているそうです。

だんじりの全てが分かる!
という言葉に乗せられて立ち寄っただんじり会館なる資料館の販売店では単にだんじり祭のものだけでなく、各町のロゴが刺繍された巾着袋等、町ごとのグッズが並べられていたことにも驚かされました。
この元気の良さを前にしては伝統という言葉すら無意味に響いてしまいそうです。

さてこの資料館。
最上階には特設スペースがあり、簡易版の山車に乗って演奏することができるのです。
お、何やら親子連れが興味を示しているな~とか思っていると、
さっきまで手をつないでもらっていた少女が太鼓を叩き始めました。

うぅ、上手い

地元の子だったのでしょうか?
それにしてもうまい!
一瞬自分の目を疑いましたが、紛れも無い現実でした。
さっき道で聞いていただんじりのリズムです。
そうこうしている内に近くに居た地元の高校生らしき四人組が演奏を始めました。

うぅぅ、もっと上手い


同じフロアにある3Dだんじり上映の為並んでいたのですが、これを録らなきゃ来た意味ねえ!
と思い3Dは後回しにして撮影させて頂きました。



あとで少しお話を聞かせて頂きましたが、こちらも昨夜寝ないで岸和田に着いたこともあり、
ろくな質問ができなかったのが悔やまれます。
演奏していたのは、

大太鼓:胡摩崎さん 
鐘:仲塚さん
笛:貝さん
小太鼓:田中さん


の四人で、小学校の頃から演奏しているとのことでした。
突然声を掛けたのにもかかわらず携帯で録っただんじりの映像を見せてくれたり、知らないおじさんに付き合ってくれてどうもありがとうございました。

お祭りが町の人にとって(負の意味での)特別なものではなく、お祭りがお祭りであることも忘れてしまう程生活に密着していることを感じさせられた岸和田だんじり祭。
経済の発展が必ずしも伝統的な行事に悪影響を与えているわけではなく、それを運営していく側、行政の力によってもまだまだできる事はあるのではないかと考えさせられる道行でした。

岸和田だんじり祭

http://www.city.kishiwada.osaka.jp/danjiri/

ごしょがわらたちねぷたと読みます。

恥ずかしながら青森に来るまではねぶた祭りと言えば青森だけだと思っていましたが、
この時期五所川原、弘前、黒石をはじめ青森県内でなんと30を超える地域でねぶたが行われているそうです。おぉぉ、なんたる。。

弘前ねぷたねぶた、ねぷたと2通りの呼び方がありますが、タクシーの運転手さんは、

「どっちも一緒ですよ、元が一緒だから。発祥は弘前らしいですがね。」
とおっしゃっていました。
写真は弘前のもの。




語源は「眠たい」から始まってねぶたい、ねぷたい、、、、ねぶた!
みたいな感じだそうです。
もともと七夕の灯籠流し等から影響を受け、夏の眠気を流すといった禊祓(みそぎはらえ)の意味から始まったとされています。。

五所川原のねぷたはその大きさが特徴で、高さは7階建てのビルに相当する22m!!
総重量は約17tという言い方は悪いですがバケモノとしか言いようのない大きさのねぷたが街を練り歩くことで有名です。
このサイズのねぷたは最近になって作り始めたのではなく、江戸時代後期から大型化がはじまり、明治2年(1874年)には既に20m近いねぷたが登場していたとのことです。ほら
しかし、電線が市街地に張り巡らされたことにより、巨大ねぷたの運行が困難になり小型化を余儀なくされました。

時は経ち平成5年。
明治・大正期のものと思われる台座の設計図が発見された事がきっかけで、復活への機運が高まり、ついに平成8年立佞武多として蘇ったのです。

五所川原市内五所川原市民のねぷたにかける熱意はすさまじく、行政もバックアップし運行の妨げになる電線を地下に埋める工事まで行いました。
ほら⇒

僕はここまでやってしまう五所川原市に拍手を送りたい!
立派過ぎる!かっこいい!
お金をかける所を知っています。


その巨大ねぷたの運行は僕の稚拙な文章より、見てもらった方か早いでしょう。
「ヤッテマレヤッテマレ」の掛け声と共にお囃子の集団が通り過ぎた後、
ものすごいのがやってきます。



どうです? でか過ぎて全体がカメラに収まりません。。
僕らはただ立ちつくして
「うわ~、あ~、お~おお~、え~?」
とアホみたいな声を出すことしかできませんでした。
アホみたいな感想だけでは申し訳ないので、簡単ですが譜面をアップします(汗)

五所川原立佞武多お囃子のドラム譜

シンプルですが、応用次第では色々使えると思います。(8分音符は3連中抜きです)


五所川原ではあすなろ大太鼓という直径3.2メートルもある大太鼓も登場したのでそれも紹介しておきます。





ね、大きいでしょ?
大きさでは秋田県北秋田市の「綴子神社例大祭」に登場する大太鼓に一歩譲るようですが、
昭和52年に初登場以来夏祭りには欠かさず登場しているのだそうです。
さすがにこの大きさになると叩くのが大変そうで、江戸のお囃子の様にテンテケテンテケ叩くわけにはいきません。上から下から長いバチでゆったりと重いビートを奏でています。

さて、この日最後は交差点で3体のねぷたが顔を合わせ、金木町(現在の五所川原市)出身の吉幾三さんが特別出演して熱狂の中幕を閉じます。
単純に比較はできませんが、どれだけ国民的なスターになってもカーニバルでは必ず地元サルバドールに戻ってくるブラジルのIvete SangaloGilberto Gilのような印象を受けました。
ポーズにせよ自分の土地を大切にする姿には共感を覚えずにはいられません。

青森での2日間を振り返ってみて、地域の文化・つながりの大切さを改めて痛感しました。
僕も含め若い世代の伝統文化離れが顕著だと言いますが、
青森・五所川原どちらの祭を観ても、中心となって盛り上げているのは他でもない若者達でした。

ねぷたの様に華やかな文化を持つ地域ばかりではありませんが、自分達の土地で自分達の文化を守る、伝えていくという姿勢は持ち続けていくべきだと思います。
子供の頃から当たり前のようにお祭りと関わり、また新しい世代にその楽しさを伝え続いていく。
ねぶた祭りに地域文化の一つの理想を見せられたようなそんな2日間をでした。

五所川原立佞武多
前回からの続きです。
今回は太鼓とは別の話ですので参考までに。

青森ねぶた祭りで疲れきった我々は、そさくさとこの日の宿泊先ホテルがある弘前へと向かいました。
連れの小池君は青森で夜行われるねぶたの海上運航を見たかったようですが、
僕はシティボーイなので太鼓を見た以上は早く帰ってシャワーを浴びたかったのです。
もしかしたら弘前のねぷたも見れるかもという期待もありましたし。

到着した頃にはさすがにねぷたは終わっていましたが、弘前に来た理由はもう一つありました。
津軽三味線です。
あまり詳しくない僕でも高橋竹三さんのレコードくらいは持っていましたし、やっぱり地元で見てみたいという気持ちはありました。

「ふる里の響・あいや」
弘前では有名なお店で、掛け値なしに最高でした!
基本的に居酒屋さんなので食事をしながら演奏を聴くのですが、
視線を箸にもっていく暇がないほど引き込まれてしいました。
ステージングも完璧!
え~もう終わり!?まだ聴きたい~!って本気で思っちゃいましたもん。


映像は店主の渋谷和生さん。
曲名は津軽よされ節だったと思います。
か~っちょいいですね~!

津軽小原節 渋谷和生 鞠愛 斉藤りか右の写真は津軽小原節を演奏中。

真ん中で踊っているのは鞠愛(まりあ)さん、なんと中学2年生!
彼女は三味線もびっくりするほど上手かったです。

僕なんか中学2年つったらまだ小便たれてましたよ。(あ、失礼)
またもや電池切れで動画が撮れなかったのが本当に悔しい!


彼女の真剣な表情に小池君と2人で終始見とれてしまいました。
左の斉藤りかさんの歌もほんとに最高でこんなに楽しんでいいのって感じでした。

渋谷さんは巨匠山田千里さんに師事し、現在では沢山のお弟子さんを抱えながら海外でも活躍する一流の三味線奏者です。
9歳で民謡を始め、声変わりを機に三味線に転向されたそうですが、26年弾き続けてもまだまだきりがないとおっしゃる渋谷さんには頭が下がります。

「ふる里の響・あいや」渋谷さん、三浦さんこの日の最後には秋田から津軽三味線のために一人弘前までやってきたという三浦龍さん(19歳!)と2人で迫真の演奏を聴かせていただいたのですが、その三浦さん、
「若いから普段はJ-POPとか聴くんですよね、どんなのが好きですか?」
という僕の軽率な質問に、




「いえ、演歌しか聴きません」


ひ~、なんと男らしい!
テレビ、新聞、ネットの情報を全てと思ってはいけませんね。
彼のような人もまだ日本には居るんです。
なんとも頼もしいものです。

最後に渋谷さんの一言

「ちょっと弾けるからってロックなんかやっても津軽じゃ誰も聴かないよ」

彼の演奏を前にして何とも説得力のある一言でした。


渋谷和生さんプロフィール
http://biz.sbrain.co.jp/keyperson/K-6330.htm
「夏期休暇いつにします?」

入って間もない会社でもう夏休みです。
え、マジで!?ねぶた行けんじゃん!
なんて僕は幸せ者なのでしょう、運まで味方してくれている様です。

日本のお祭りについてまったく知識のなかった僕でも知っていた青森のねぶた祭り。
これを見ないでこんなブログが意味をなすでしょうか!
まぁ行けたから言うんですけどね(笑)

8月7日の早朝、これまた運良く休暇の取れた学生時代の友人小池君と新幹線に乗り込み、
まだ見ぬ東北の地に思いを馳せました。
青葉城恋唄の仙台を抜け、遠野物語の岩手を後にし、緑色なのにスーパー白鳥という電車に乗り換え到着した青森は、気持ちの良い風で僕らを迎えてくれました。

到着早々、職業柄なのか下調べに余念のない小池君はこの日も華麗なまでのスケジュール管理で僕をエスコートします。
「おい、そんなスーパーに入ってどうするつもりだ!」
僕の静止を耳にもせず小池君は入って行きます。

せっかく青森まで来てスーパーかよ!何たる。。と、一度は彼の情緒的感覚を疑いましたが、
地下に広がっていた魚市場を前に彼はせせら笑うのでした。

青森 魚市場見てください、このマグロ!
後ろの椅子は人間の座る椅子ですよ!

このマグロもさらし首にされる所以はないでしょうが、さばかれた後もその姿は立派です。
お前は偉い!でかい!うまい!

こんな大きな魚が新鮮なまま生で食べれるなんて、自然の恵みに感謝です。



とまぁ、あまり余談ばかり書いても記事が長くなってしまうのでここら辺にします。

青森のねぶたは跳人(ハネト)と呼ばれる文字通り跳ねる人が踊りながらお祭りを盛り上げます。
祭りを知るためには跳人になる必要があるのですが、そのためにはハネト衣装(正装)を着なくてはなりません。
これは「青森ねぶた保存伝承条例」で決められています。
なので今回は(株)トップテーラー青森店でレンタルさせてもらいました。

青森ねぶた ハネト衣装この写真で見ると分かりにくいかもしれませんが、実際には花笠をかぶり、たすきがけもピンク色なのでかなり女の子っぽい衣装です。

そんな話をトップテーラーの店員さんにしたところ、「そうだよ、もともとは酔っ払いが女装して踊ったのが始まりだから」と、津軽弁で語ってくれました。

ブラジルでもオカマの格好をした団体のパレードを沢山見ましたが日本でも古くからあるんですね。







では衣装も整ったところでいざ出陣!
それっぽい人たちの集団にさりげな~く加わりました。
最初はなんだかヨソモノ意識が抜けずヨソヨソしかったですが、声を出しいてる内にどんどんボルテージが上がってきました。



動画は撮っている小池君も跳ねているのでブレブレですね。
ご覧の通り「ラッセーラー、ラッセーラー」と言いながら跳ねます。
これは酒でもなんでも「出せや~出せや~」と言っていたのが変化したそうです。
僕達は途中で疲れてしまい、またさりげな~く脱退しましたが、生粋の跳人たちは2時間ぶっ続けで跳ねていました。
大型ねぶたの運行は3日間あるのですが、彼らは連日跳ねているのでしょうか。
青森市民の脚力恐るべしです。


ではお囃子!!
この日は沢山お囃子の動画を撮りましたが、中でも一番グッときたのがこのJR東日本の方々による演奏。ねぶたの太鼓はでかいですが、その分(?)バチも長いです。
そのバチがしなりながら勢いよく太鼓を打ちつけていくさま!粋ですね。



太鼓と笛の演奏は、そのまんま「青森ねぶた囃子」と呼ばれているそうです。
鳴り物は手摺り鉦といってチンドン太鼓の当たり鉦と同じような形状ですが、ねぶたの場合は2つをすり合わせて演奏します。リズミカルな動きと相まってこれまた粋ですね。

青森ねぶた囃子ドラム譜ドラム譜はこの日ほとんどの団体が演奏していた曲(他にもう一曲ありました)のベーシックな部分から抜粋・アレンジしました。
ラッセーラーラッセーラーと掛け声を出しながら叩くと感じが出ると思います(笑)

動画を見てもらえると分かるように実際は7小節ごとに笛に合わせた違うリズムが1小節入っていますが、汎用性を考えるとこれでいいと僕は思います。

お昼の山車引きが終わって地元の人に聞くと昨日の晩が一番盛り上がったとのことでした。
暗闇で怪しく光るねぶたの山車はお昼とはまた違った顔を見せてくれるのでしょうね。
今後青森ねぶたを狙っている人は参考にしてみてはいかがでしょうか。

青森ねぶた祭り
http://www.nebuta.or.jp/

追伸

青森ねぶた囃子を実際にドラムで演奏してみました。
どうでしょう?
使い方によっては新しいジャンル創出も可能なのでは?




※尚このビートに使用にあたっては、ご一報頂けるとありがたいです。
何事もつながりが大切ですから。

「四百五十年の伝統、日本一の野外劇!」

JR中央線の中吊り広告に記された文言に偽りはありませんでした。

栃木県那須烏山市で毎年3日間かけて行われる国の重要無形民俗文化財山あげ祭
期待を胸に僕は一人電車に乗ります。
新宿から宇都宮、東北本線で宝積寺駅に着く頃には景色もすっかり変わり、未来に残したい古き良き日本の原風景のようなものへ姿を変えていました。

鉄道マニアが喜びそうな2両編成のJR烏山線でゆっくりと到着した烏山駅は、これから本当にお祭りが行われるのかと疑ってしまうほど閑散としたイメージ。
道すがら立ち寄ったうどん屋さんもお客は僕一人でした。

しかしそんな不安をよそに、2時から公演が行われる山あげ会館前はすでにあふれんばかりの人だかり。
照りつける太陽と観客の熱気で会場は異様な雰囲気に包まれ、怪しげなパワーに充ち充ちていました。

山あげ祭 吉野山狐忠信そしていよいよ始まった野外劇場における歌舞伎の舞台。左の写真は「吉野山狐忠信」という演目を演じているところ。
源義経の家臣、佐藤忠信が静御前の鼓の音で現れるという場面です。

源平時代の伝説を目の当たりにするような素晴らしい公演に目を奪われていたのですが、実は山あげ祭の本当の見所は
公演が終わった後だったのです!

威勢のいい若衆がわーっと一斉に集まったかと思うと、さっきまで使われていた舞台を手際よく全て解体し山車の後ろに積み込みそのまま山車を引いて移動、そしてまた次の町で改めて組み立てるのです。


その回数なんと1日5~6回 !!
どれだけ大変か想像してみて下さい。
僕は地元の人達のこのお祭りにかける思いに強く打たれました。

そんな彼らを山車の中から盛り立てるのが、お囃子小宅流の皆さん。



ご覧の通り舞台解体・移動・組み立ての際は「新囃子」と呼ばれるアップテンポな曲で終始作業の場を活気づけてらっしゃったのですか、
なんとまぁこのお囃子のかっこいいこと!
トータルで1時間以上も続けて演奏されていたのですが、全然飽きない 。
上がる上がる!!(気持ちがね)

演奏のスタイルは笛(真竹)、大胴、中つけ、下つけ、鉦のたった5人。
この人数でこれだけのグルーヴが出せるとは本当に驚きでした。
僕は興奮を抑えられず演奏者の方にお話を聞いてみたのですが、
親切な方で保存会の会長さんを紹介して頂きました。

松本明さん
囃子方保存会4代目会長

山あげ祭 松本さん知性と情熱と男気の非常に中庸の取れた深みのある方でした。

僕の質問に対し気持ちいい程明快に帰返ってくる回答。
それのみならず、それにまつわる様々な裏話、歴史、地元への想い等々、、。

僕はこういう人を真の国際人だと思います。

洋楽・洋画・西洋文化に詳しくなったり、英語を覚えたり、海外の知識を得ることは大切なことですが、自分の国の事・自分の土地の事を知らないで海外へ出向いても本当の意味での交流はできません。

僕がそうだった訳ですから。。

あなたのお名前はなんですか?
と聞かれるようなものです。
え~っとなんだっけ?
なんて言ってる人と会話が成り立ちますか?

海外に目を向ける人間であればあるほど自分の国に目を向けるべきです。
僕はそう考えます。

さて、松本さんによるとお祭りを続けていくには想像を絶するようなお金がかかるため、
毎年資金繰りには苦労されるそうです。
まずお祭りごとに当番の町から(今回は日野町)木頭とよばれるリーダーが決められます。
木頭が言うことは絶対ですが、それだけに責任も重く金銭的にもかなりの額を負担するようです。
ただ、町の男達にとって木頭に選ばれるということは決して他では代えられない大きな名誉であり誇りであるため、皆責任を持って引き受けるそうです。

この話を聞いてこの町の方々のお祭りに対するただならぬ思いを感じつつ、
こんなお祭りを地元に持っている事を羨ましくも思いました。

山あげ祭 世話人左の写真でカンカン帽を被り粋な格好で先頭を歩くのは世話人と呼ばれる方々です。

彼らは全て木頭を経験した人達で、山車がよその町に入る際、失礼のないよう挨拶をする役目なのだそうです。

そういう予備知識を入れてからみると全然見え方が変わりますよね。



山あげ祭 金棒引きその後ろを歩くのが金棒引きと呼ばれる女の子たち。
道を清める意味があり、小学校にあがる前の子供が選ばれるそうですが、見た感じもう少し大人っぽいですね。
最近の子供は発育がいいのでしょうか。。
ね?

今回は本祭なので女の子5人ですが、つけ祭では男の子3人で行うそうです。

このように、一見しては良く分からないお祭りもそれぞれにちゃんと意味があるんですね。
ブラジルのお祭り(カーニバル)もそうでしたが、形式は違ってもちゃんと意味がある。
僕の目的はあくまでビートの収集ですが、こういった背景を抜きにしてただビートを集めてもそれは片手落ちになってしまうでしょう。

今回いろいろなお話を聞かせて下さった松本さんにこの場を借りて改めて感謝いたします。
他にも見て回りたいところがあるので2~3年後になるかもしれないが、必ず戻って来るのでご指導いただけますかと質問したところ、

「おい、どうする中野で山あげ祭広がっちゃったら?」

と、顔をほころばせながら周りの方に呼びかけていた松本さん。
山あげ祭は間違いなく世界に通用しますよ。

人手の減っている山あげ祭。
僭越ながら今後自身の活動で少しでも多くの人に知っていただければと、緩んだ帯を引き締めるのでした。

山あげ祭
http://www.mt-crow.net/k-karasuyama/index.php?mode=ym

関連記事
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/kikaku/055/20.htm

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